女性のファッションが大きく動き始めたのは、戦後のパリ!! 女性を自由へと開放!


パリ

ファッションいえば、『パリ』と、言われるように今も昔もファッションはパリというイメージがあります。ファッションには長い、長い歴史があります。

「オートクチュール(1860年)」という形で、「真のファッション」が始まり、その後現代のように自由なファッション「プレタポルテ(ready to wear)」という形が主流になってきました。

■第二次世界大戦中には、ファッションはあったのだろうか?

コルセットで締め付けられたファッションから、女性のファッションを自由化していった第一人者といっても過言ではない、ココ・シャネルなどの有名メゾンは、この第二次世界大戦で閉鎖しなければならない状態になりました。閉鎖を免れても他国へと移転したメゾンも多くあったようです。
しかしながら、新しいメゾンであった、ニナ・リッチやマルセル・ロシェなどは営業を続けていたとされています。

この頃のファッションは、洗練されたパリジャンではなく、しっかりものの良妻賢母という女性が好まれたようです。戦争中という意味からだったのでしょう。

■戦後、1940年代後半からのパリのファッション業界は凄かった!!

戦後の代表デザイナーといえば、「クリスチャン・ディオール」。彼の代表ルックと言えば、1947年に発表した『ニュー・ルック』。これは、現在でもディオールの特徴ラインとして使われていて、名前のとおりあの戦後も、現在も本当に「ニュー・ルック」の名のままです。いつもても、「ニュー・ルック」そのものです。

この頃の重要メゾンとしては他に、ユベールド・ジバンシー(ジバンシー)やピエール・バルマンなどがいます。

戦後は、コルセットなどで女性の体を締め付けない、女性のファッションへの開放が活発になり、1952年にはココ・シャネルもまた、パリへ復帰しました。

1945年には、ハイファッションの最先端でもあり、今や世界中に作られている、雑誌「ELLE」
が、フランスで創刊されました。
因みに、ELLE Japonは1982年に創刊されました。
このように、ファッションとは、いろんな政治問題や生活、文化の流れに沿って、クリエイトされながら、華々しく登場しているのです。